「古九谷様式」色絵磁器の様式について
学会,機関: 美術史学会第62回全国大会
発表者: 今井 敦(東京国立博物館)
2009年 5月 24日 発表
関連研究員(当館): 今井 敦 
データ更新日2021-12-10
「古九谷様式」の色絵磁器は、日本で焼かれた各種の色絵磁器のなかでも最も豊かな創意が盛り込まれた一群といえるだろう。中国から技術を取り入れながらも、大胆な構図と濃厚な傅彩とによって色絵の新たな可能性を切り開いている点は、創造的な和様化と評価することができる。考古学的な発掘調査の進展により、従来「古九谷」とされてきた色絵磁器の素地の多くが九州肥前産であることはもはや動かなくなった。一方、「古九谷様式」の様式の特質をめぐる美術史の立場からの分析はあまり進んでいない。
近年東京国立博物館の蔵品に加わった色絵翡翠図平鉢は「古九谷様式」五彩手の優品として知られている。梅枝に止まる翡翠の図は雅致に富んでおり、緑、黄をはじめとする上絵具の美しさは特筆される。外周部に厚く塗られた上絵具は周縁部に向かって流れている。すなわち、上絵具を焼き付ける際に、天地逆に窯詰めし、伏せ焼きしているのである。
「古九谷様式」の色絵磁器の直接の祖形となったのは清時代初期に焼かれた五彩磁器と考えられる。南京赤絵や康煕五彩の展開についてはいまなお不明な点が多いが、「古九谷様式」五彩手は清時代初期の五彩磁器の諸要素のうち、上絵具の色彩と質感とに着目し、この部分だけを増殖させていった様式と考えられる。上絵付けの際に伏せ焼きする手法は中国には見られず、一方「古九谷様式」の色絵磁器では五彩手、青手を問わず広く行なわれている。したがって、伏せ焼きによる上絵付けは、上絵具の厚塗りのために日本で工夫された技法と考えられる。この厚塗りこそが五彩手と青手の共通項であり、ひいては古九谷様式の本質であるとみることができる。
上絵付けにおける伏せ焼きの手法は、上絵具の厚塗りとともに、上絵具が流れて拡散する効果を生み出した。この上絵具の動きが、古九谷様式独特の昂揚する気分を生み出すのに重要な役割をはたしていることは疑いない。古九谷様式の色絵磁器がしばしばフィンセント・ファン・ゴッホの油絵と比較されるのも、色彩やマティエールの類似だけでなく、動きをもった傅彩がゴッホの筆触を連想させるからであろう。
古九谷様式の色絵磁器を日本陶磁史、さらには東アジア陶磁史の上に的確に位置づけるためには、先に述べた「創造的な和様化」の具体的な内容を明らかにしてゆくことが何よりも重要であろう。また、古九谷問題の混乱の一因は、多種多様な磁器が「古九谷」の名で括られている点にある。かつて「古九谷」と考えられた作品群をひとまとめにし、しかも産地論争の余波を受けて「古九谷様式」と呼びかえられたために、あたかも一つの「様式」であるかのような印象が植え付けられてしまった。「古九谷」として括られているさまざまな磁器を素地と絵付けの両面から分類したうえでそれぞれの位置を明らかにし、そのうえで「古九谷様式」という便宜的な呼び名を見直し、相応しい呼称に改めるべきである。