論文等

江戸時代後期の伊万里染付大皿にみられる〈中国趣味〉について

著者: 今井 敦(東京国立博物館)

出版者: 東京国立博物館

掲載誌,書籍: MUSEUM 第630号

2011年 2月 15日 公開

関連研究員(当館): 今井 敦 

データ更新日2021-12-16

 江戸時代後期における染付大皿の普及は、しばしば卓袱料理の流行と関連づけて論じられてきた。卓袱料理とは長崎における異文化交流の中から生まれた宴会料理の形式であり、多人数が一つのテーブルを囲んで大皿から取り分けて食べるという中国式が物珍しがられ、人気を博したとされる。したがって、卓袱料理に用いられる食器の主役である大皿の意匠には、異国趣味、とくに中国趣味が盛り込まれることがあったのではないかと考えられる。
 江戸時代後期の伊万里染付大皿には、同時代の中国の風俗を描いた例がある。また、この時期に新たに用いられるようになった篆書体の「乾」などの銘款は、清朝官窯を意識したものと考えられる。江戸時代前期の伊万里染付では、明時代末の景徳鎮民窯の染付にあらわされた文様や銘款を意味を解さずに写し、結果として日本独自の破天荒な染付が生み出されている。これに対して、江戸時代後期の染付大皿では、より意識的・自覚的に同時代の中国文化への憧れが示されているといえる。江戸時代後期における中国趣味については、文人趣味や煎茶趣味と関連づけて論じられることが多いが、より広範で通俗化した中国趣味の存在が想定される。また、江戸時代後期の伊万里染付にみられる表現には、清時代後期の染付との類似が指摘できることから、伊万里焼染付に特徴的な表現ととらえられているものの一部が、当時における中国趣味の表出である可能性が考えられる。