論文等

北宋期磁州窯の文様意匠の特質について

著者: 今井 敦(東京国立博物館)

出版者: 東洋陶磁学会

掲載誌,書籍: 東洋陶磁 33号

2004年 3月 31日 公開

関連研究員(当館): 今井 敦 

データ更新日2021-12-10

磁州窯の文様意匠は、いわゆる宋磁の中でも異彩を放っている。とくに、北宋時代後期のそれは、優美さと力強さ、そして高い気品を兼ねそなえており、きわめて高い完成度を示している。
磁州窯の文様意匠の特質は、その多様性にある。多様性とは、技法の多様性、題材の多様性、そして表現の多様性である。技法については、近年の研究により、50以上の分類が挙げられるようになっている。技法の多様性は、多彩な装飾が発達するための基盤であったといえる。
題材に関しては、牡丹、水鳥をはじめとする、実在のさまざまな動植物や人物が取り上げられていることが大きな特色として挙げられる。これは、唐時代の工芸品において、宝相華文、唐草文といった空想上の植物文が主流であったのとは好対照をなしている。北宋時代前期の磁州窯の文様表現は、力強さをそなえている反面、空間の処理などにぎこちなさがみられる。これに対して、北宋時代後期になると、動植物などの瑞々しい表情を的確に捉え、生き生きと詩情豊かに描き出す、優れた文様表現が確立された。磁州窯の製品は、華北地方の民衆の日用に供されたものであるが、その文様意匠は決して類型的ではなく、一点一点が変化に富み、豊かな個性をそなえている。ここに表現の多様性をみとめることができる。
一方、金時代の磁州窯において「福禄寿」などの意味が込められたいわゆる吉祥文様の流行が始まっていることが秦大樹によって指摘されている。また、中国の吉祥文様に関する基本文献である野崎誠近の『吉祥図案解題』(天津、1928年)を拠り所として、文様の背後に託された寓意を解読すると、吉祥文様を組み合わせて複合的な図案とし、あるいは発音の共通性を利用して吉祥句を表現するような、複雑で発達した吉祥文様の例を認めることができる。
そして、北宋時代の磁州窯の製品にみられる文様意匠の多くも、やはり吉祥図案として解釈することが可能である。たとえば、磁州窯では12世紀初頭ころの一時期に、角張った台の上に頭を受ける大きな如意頭形の板を取り付けた独特の形の陶枕が流行した。これらが実用に供されていたことは、鉅鹿の遺跡の出土状況からみて間違いないものの、陶枕としてはきわめて特殊な形式といわなければならない。この器形を「如意」と読み、願いを叶える枕と解釈することにより、この種の枕の流行が理解されるのである。北宋期の磁州窯の文様意匠から吉祥の寓意を読み取ることの妥当性は、婚儀などの用途が墨書で記された作品や、文字によって吉祥句を表現した一群の存在によって裏付けられよう。
北宋期磁州窯の文様意匠は、基本的に吉祥図案としての性格をそなえていると思われる。吉祥の意味内容と、造形の完成度とが、きわめて高い次元で両立しているのである。そして、北宋時代の磁州窯における文様意匠の展開は、身近な風物に積極的に好ましい意味を見出し、これを器物の装飾に取り込んでゆく過程と考えられる。さらに、花や鳥など、自然の美しさに対する関心の高まりにより、写実的で風韻に富んだ文様表現へと昇華していったのであろう。
このような北宋期磁州窯の文様意匠の特質は、成熟した市民文化によって形作られたと考えられる。北宋時代末における都市の繁栄ぶりは、孟元老の『東京夢華録』に活写されている通りであり、教養と美意識の高い需要層の求めに応えて洗練された文様意匠が花開いたのである。これに対して、金、元時代の磁州窯の文様意匠は、形式化が大きく進行しており、類型的、そして通俗的である。生産量が増大し、技法がいっそう多様化している反面、表現にみられる多様性は大きく後退しているといわなければならない。